「エンドレスエイトの驚愕-ハルヒ@人間原理を考える-」(三浦俊彦)

本書はハードカバーサイズ400ページの「分析哲学」「芸術的解釈」に基づくエンドレスエイト*1についての考察を行うものである。

 

一般に考察それ自体はとても面白いので好きだ。ただ特にアニメの考察では考察内容よりむしろ自分の背景知識と読み込み力を誇るマウンティングが先行しがちなので本書のような記述はだいぶ助かる*2

 

私は本を読むのが遅いのにもかかわらず、他の本と並列して、これほど難解な内容を含む本をわずか四日足らずで読めた。

 

本書の内容が私の大好きな涼宮ハルヒシリーズに関するものであること、

内容の難易度の高さにもかかわらず適切なフォローがあること、

また文体がブログに近いこと(2ちゃんねるやブログの引用も多い)

など、さーっと読むのには適していたとも言える。

 

しかし、それだけではあるまい。

 

何と言ってもエンドレスエイトである。

サブカル史上に残る大失態!*3

その大失態は、私の大好き過ぎる涼宮ハルヒシリーズで!

しかも生まれて初めてのアニメのリアルタイム視聴で!

行われたのだ!

 

ネットに同志たちの不満は溢れている。傷のなめあいはできる。

だが、あのトラウマになんらかの意味を持たせるような、そんな可能性があるとすれば―。

 

そこで本書である。

偶然知ったとはいえとりあえず中身を確認する必要があるだろう。

もしそこに「~年代の想像力」だとか「ゲーデル的云々」だとか書いてあったら鼻で嗤って足蹴にしてやればいい。

 

本書はこれらの「社会定位」の批評*4に懐疑的だ。(P51-56

 

単純に物語として面白いかどうか、成立しうるかどうか、という点で論が進んでいく(助かる!)。

 

だいたい240ページくらいまでは芸術論、その後は様々な解釈がビュンビュン飛び出す感じ(これが分析哲学っていうのか?)

 

他のエンドレスエイト論(普通は涼宮ハルヒシリーズ論に含まれる)より後発であることを活かし、*5これまでの議論をもとにエンドレスエイトについて、芸術的観点からのダメ出し*6をした上で、様々な仮説を整理、敷衍、展開していくというのが本書の大まかな構成*7である。

 

一部議論が強引であるほか*8、議論の混乱、繰り返し、行きつ戻りつ、などが見られそのたびに「この人、本当に大学教授?」と末尾を開くことが多かった。

 

たぶん、書くのが面白くてしょうがなかったんだろうな。29冊目にして初めて自分から企画を出版社に持ち込んだくらいだし論文じゃない好き勝手書ける形式でしかも他に見られないような人間原理コンセプチュアルアートの議論を「あのエンドレスエイト」で展開できるんだから書いてて面白くないはずがない。

 

そういう意味ではこれら文章の荒れは、著者の熱量を感じながら一緒に楽しめるという長所でもある。

しかし、もう少し読みやすく出来なかったのかな、とは思う。人間原理コンセプチュアルアートの部分は難しくならざるを得ないけれど、それぞれの○○説の説明のところなんかは工夫のしようがあったのではないか。

 

とはいえ一回読んだだけじゃわからない。また長時間かけて神経すり減らして読まなきゃならんのか。

 

なあ、世界、少しくらいは待てるだろ?*9

 

 

もう一回読むまで、

 

ちょっとくらい待機しててくれてもいいよな。*10

 

 

 

 

 

 

 

 

なお、本書は科学研究費助成事業の一環だそうである。

「どこをどういじっても駄作のアニメで科研費をもらう」というのは、奥村雄樹「会田誠に本気で VOCA 賞を狙った絵を描いてもらう/その絵を. VOCA 展に出す」のパロディなのではないか。

 

そう、本書自体が実はコンセプチュアルアートなのだ。

*1:アニメ「涼宮ハルヒの憂鬱」第二期においてほぼ同じ内容を地上波30分枠で8話丸々放映して物議をかもしたエピソード。原作は「涼宮ハルヒの暴走」所収の短編

*2:アニメオタクはマウンティング大好き。試しにエヴァンゲリオンまどかマギカをちょっとだけdisってみよう。

*3:この後、涼宮ハルヒシリーズは凋落し、ハルヒと言えば「エンドレスエイトwww」となり、京都アニメーションと言えば「けいおん」となる。セカイ系が終わり、日常系全盛期への突入のある意味象徴的な出来事とも言える。「夏休みの高校生のただの日常」の繰り返しが退屈過ぎたがために・・・

*4:ざっくりいうと「この10年で話題になったサブカルチャーを分析してみたら、社会やコミュニケーション空間の変化が見えてきた」というような

*5:なんせエンドレスエイトの放映は2009年。そもそもなぜ今更エンドレスエイト?というのが実は本書の一番の謎

*6:実は意外に非常に貴重だと思う。つまらない、ということについて何がどうしてどうつまらないのかをきちんと言葉にすることは大事。ブログやついったーの字数では足りないので本書は有難い。

*7:ところどころに出現する小出しの「人間原理が邪魔。どこかの一章を使ってちゃんと説明してほしい。そもそも人間原理自体をこんな無批判に使っていいのか疑問。人間原理って割とよく聞くけど説明する人によって全然言ってることが違うような気がする

*8:大なり小なり強引な展開が見られるが特に「エンドレスエイトコンセプチュアルアートである」ことの論証は強引かつ執拗。面白いけど。

*9:劇場版「涼宮ハルヒの消失」より

*10:劇場版「涼宮ハルヒの消失」より